スポーツクラブについて(8)

いつもは長い人の列が出来るエレベーターホールに全く人影がないので、來未は慌てて時計を見た。遅刻しているのかもしれないと思ったからだ。普段より数分遅れてはいたものの、タイムカードを通すのにまだ十分な余裕のある時間だった。

來未
今日は、新組織に改編された初日だから、みんなやる気を出して早く来たって事かしら? そんなことより、普段の仕事でもっとやる気を見せてほしいものだけど……

ようやく地下から到着したエレベーターにも、普段とは違って先客が二人しかいなかった。澄子と早苗は気の合う仲間、そのときもおしゃべりに夢中だったので、エレベーターに乗り込んだ來未には全く気がつかない様子。

澄子
昨日、相方が突然ネコを飼いたいって言い出して……

來未は同じフロアの同僚を心の中ではファーストネームで呼ぶ事にしていた。特に明確な理由はないのだが、うっかり口に出してしまうスリルを楽しんでいるのかもしれない、と自己分析している。たとえば、給湯室で女性の同僚をいきなり呼び捨てたら全ての距離感がぶち壊しになってしまうんじゃないかしら、もしくは、部長に向かって突然しんたろうさん、と呼びかけたら皆はどう思うだろう。なので、エレベーターに乗り込んで、來未が思ったのは、「澄子に相方がいるなんて知らなかったわ」だった。やっぱり、M-1の影響なのかしら。

來未
その相方はどこで見つけられたんですか?

そう訊かれて、澄子は大いに驚いた。エレベーターの中には、自分と早苗の二人しかいないと思いこんでいたので、突然、エレベーターが大声で喋りだしたのだと勘違いしたからだ。当然、エレベーターにそんな機能はついていなかったが、猛烈なスピードでなおも上昇を続けており、全く停止する気配を見せなかった。來未は、また、遅刻してしまうのではないかと不安になった。