スポーツクラブについて(9)

來未は商材横断的な販促活動に携わっていたので、澄子、早苗の双方にとって十分な顔見知りであるといえたし、早苗は澄子と違って、來未の発する微かな気配に早くから気がついていたから、この問いに早苗が答えるのは、不自然でも無理のあることでもなかった。実際、もし、この問いかけがわたしに対するものであったとしたら、わたしは、ちゃんとこの質問に答えてみせたわ。と、早苗は思った。澄子と、その相方の、馴れ初めに関してなら、わたしは、誰よりも的確に、その出会いが、いかに、運命的で、素敵なものであったか、過不足なく伝えることが出来るんだから。でも、いまは、わたしがそれを語るときではないわ、なんといっても、本人が、それを訊かれたんだしね、と早苗は考え、來未の問いかけに、はっきりと確認できるような反応は見せなかった。まだ存在しない猫については特に興味がなかったので、会話を続けようとするわけでもなかった。結果として、早苗は単に黙り込む形となった。内面の経緯は様々だったが、早苗は最終的に沈黙することが多く、周囲からは内気な人間であると思われていた。本人に、それを知らせたら、きっと、憤慨しただろうが。

澄子
あら、來未さん! いつからそこにいらっしゃったんです? ぜんぜん見えませんでした。ひょっとして、地下一階でわたしが乗り込んだときは、すでにそこへ立っていらっしゃったんですか? あ、おはようございます!
來未
おはようございます。私は、普段どおり、一階からこのエレベーターに乗り込みましたよ。それから、ずっとここに立ち続けています

來未はそう答えると、腰の辺りにある予備の操作卓へ目をやった。普段なら、とっくの昔に、目的の階へついているはずだった。いったい、このエレベーターはどこへ向かっているのだろうか。