オフ会の思い出(2000年初夏)

最強の動物は何かで大激論、スレッドを幾つも消費したものの実際に戦わせない限り結論が出るはずも無く、議論参加者間の対立が深まるばかり。話題は動物 V.S. 動物の実践的戦術の考察とはかけ離れた感情的な罵倒の応酬となり、遂には実際に戦ってはっきり強弱を明らめぬ事には収まりがつかない事態となった。最後まで地上最強の生物であると執拗な支持を受けた動物は豹と象である。勿論、豹と象を戦わせるのは不可能なので、それぞれの最強説主張者が代理人として決闘することになる。議論はインターネットの掲示板上で行われていたので、その決闘は同時にオフ会でもあった。
当日、大方の予想通り、決闘場所に指定された新宿スポーツセンターには僕を含めた傍観者が数人集合したのみで、最後まで主役の二人は現れなかった。僕は何度かそのような、不幸な生まれをもったオフ会を観察しに行った経験があるが、大概の場合は主役は両方とも来ない。稀に二人とも来ると掲示板上での殺伐とした雰囲気はどこへやら、穏やかな対話になってしまい非常に悲しい思いをする。
ましてや、この場合、議論の主題は豹と象のどちらが強いか、であった。豹の代理人が象の代理人に勝ったとしてもそれで豹が象より強い事を証明出来るわけではない。したがって、代理人がその決闘を回避しても、それは彼個人の臆病、或いは怠惰によるものであって、豹の強さとは一向に関連がない。「豹の強さに自信が無いから決闘を回避したのだ」とつけ込まれる恐れはないから、わざわざ決闘に来る必要はないのだ。最初からこの決闘からは彼ら二個人の力比べ以上の意味は読み取りようが無く、彼等が本当に決闘場所にくるかどうかは余程疑わしかった。ただ、代理人二人はそれぞれ格闘技の経験をもち、豹の支持者は中国拳法のなにかを、また象の支持者も柔術のなにかを、それぞれ相当程度に習熟していたらしくあったから、そのような観点からこのオフ会に興味を持つ人もあったのだが。
そう、最強の動物について考察するスレッドは格闘技板にあったので、主役の二人、またその顛末を観察しに来た野次馬もほとんどは格闘技経験者、なにかの有段者、もしくはそれに相当する資格の持ち主だった(僕自身は空手六級だが恥ずかしかったので格闘技経験無し、だと言い張った。僕以外にはもう一人、豹最強論者のファンだという女性が格闘技経験無しだった(豹最強論者の彼は当時少年犯罪板などでも名を馳せたやんちゃな人だったのでファン、おっかけの類が存在した、らしい))。
主役が来ないのでは特にする事もないので、すぐさま解散、となりかけたのだが、立会人の一人、これも中国拳法の修行をしている男性が、少し解散するのを待ってくれ、と言い出した。彼は、自分の師匠に、今日新宿スポーツセンターで中国拳法と柔術の真剣勝負が行われる、と告げてしまったらしく、このまま師が来て誰もいない、何も起こらない、では申し訳が立たない。師は達人だから、会えばきっと勉強になるはずだから、ついては暫らくこの場で師を待ってくれないか、との事だった。彼の「師匠は達人」という言葉を聞いて、格闘技集団のカルト的な側面に強い興味を持っていた僕は即座にその場に留まる事を了承した。他の傍観者も主に空手や柔道の経験者だったから、中国拳法の達人と聞いて興味がわいたらしく、ほぼ全員が達人を待つ事になった。
達人は四十絡みの太鼓腹が目立つがっしりした男性で、いまひとつ関係のはっきりしない妙齢の女性を伴って登場した。異常に恐縮した様子の弟子が事情を説明したが、特に怒る様子も無かった。ただ、僕らは弟子の依頼に従ってこの場に留まったのだが、弟子の話では僕らが達人に興味を持ったので、達人を紹介してくれと頼み込んだ事になっていた。
話の流れ上、達人に色々と教えを請うような雰囲気になったのだが、達人は「攻撃的な技は危険なので見せられん」、といって奇妙な腰付きで歩いたりするばかりで、どうにも感心しようが無く、我々のテンションもどんどん下がっていった。それに気付いたのか、達人は自分の頑丈さを示すために、思いっきり殴ってみろ、と言い出した。
勿論、好きなところを殴って良い訳ではなく、その特徴的なまでに突出した腹部だったら全力で殴っても良いという事であった。これは僕もチャレンジしたがゴムのような弾力がある腹筋でたしかに不思議だった。このパフォーマンスが意外に好評だった事に気を良くしたらしい達人は続いて足を踏ん張り、「ローキックしてみなさい」、と言った。僕はこれには挑戦しなかった。空手有段者のローキックを受けた達人の顔が苦痛で歪んでいるのが見えたからである。それに気付いているのかいないのか、次々とローキックを繰り出すインターネットの人たちを見ながら、達人も大変だなぁ、と思った。
でも、この達人は本当に有名な人だったらしい。というのは、達人について来た妙齢の女性が、「先生もこの間テレビで紹介されてから忙しくって。最近も、命を狙われてるからボディーガードしてくれって、断っても断っても来るもんだから大変だったわ」と言って笑ったからだ。
ここで僕が疑問に思ったのは、彼女の笑みの理由である。

  1. 今時、暗殺されるとか言って馬鹿じゃないの。そんなん警察に保護を求めるか、警備会社に依頼するかどっちかにしろ。まぁどうせ妄想だと思われて追い返されるだけだろうけど。
  2. 命を狙われると言う事は当然あるだろうが、先生がそんな仕事を受ける安い人間だと思っているとは笑わせてくれる。

のどちらだったんだろうか、という事で、最近は2説が有力。
というオフ会が楽しかったです。はてなオフにも期待大です。意外にもまだ枠が余ってるようで吃驚する。