引越し先を探さねば

いまのアパートに住み始めて四ヶ月近くになるが、不意の訪問など、四ヶ月間、ただの一度もなかった。予告なしに訪ねてくる知り合いなどいないし、そもそも、鍵がなければ建物に入ることも、エレベータに乗ることもできない。だから、10階にある我が家の厚い木で出来たドアがコツコツと叩かれたときは二人とも驚いた。まだ夜の八時過ぎ、おぃ? 我々の出す騒音が大きすぎたということなどありえないわけだが? と、口にはしないまでも問いかけるように妻を見ると、妻はうんうんと頷いていた。私の問い掛けが伝わったわけはないのだからなぜ頷いていたのか、今となってはわからない。Xboxのコントローラーを音がしないようそっと床に置き、ソファーから立ち上がると玄関へ向かった。ドアの外側には鉄製の格子がある。格子にも鍵がかかるようになっているが、我々はそれを普段利用していなかったから、ドアを開けるのには一定の勇気が必要とされた。
ドアを開けると大家がいた。四十絡みの、背の高い中国系男性で、彼が本当に大家であるかどうか、この時点で五分五分だったので、大家と呼ぶのは正しくないのかもしれない。我々にとって、大家である可能性を持つ人物は他にもう一人いた。これもぱっと見には中国系だと思われる、しかし、そのとき目の前にいた大家候補よりは少し背の低い男性である。比較的背が低い大家候補を私は一度も目にしたことがなかったし、その後も会う機会がなかった。だから、結局はその夜訪れてきた背の高い男性が大家であった、ということなのかもしれない、つまり、私にとっては、ということだが。
大家は私を見ると、申し訳なさそうに口を開いた。大枠としては、「部屋を売ることがほぼ確定したので、今晩、購入希望者がもう一度見学に来る。今こちらに向かっており、着くのは一時間半後だ。彼らに部屋を見せたいがよろしいか?」という内容だった。私は見学を許可したが、契約上、断ることは出来ないらしいのだから、許可するしかない。契約を結んでいるのは私ではなく、契約を開始した時点で住む予定だったのも私ではないから、正確な契約の内容ははわからないし、そんな契約があり得るだろうか、とも思うが、この、部屋の中を購入希望者に見せる、というイベントの発生頻度は大変高いもので、一時は毎週のように購入希望者が訪問してきた。普段は、二、三日前に不動産エージェント経由で携帯電話に連絡が入るので、その時間は家を空けておく。部屋にいてもいいのだが、購入希望者から住み心地について尋ねられるので、出来れば避けたかった。日当たりについて訊かれても英語では上手く説明できないし、そもそも私は日当たりに興味がない。実際にその部屋に住んでるからといって、必ずしも日当たりに詳しいわけではない。日本語で訊かれたって、「すいません、私は日当たりに対して興味が持てないので、あまりよくわかりません……。猫ではないので……」という答えになるだろうが、英語で訊かれてもそれは同じだ。拙い英語で「すいません、私は日当たりに対して興味が持てないので、あまりよくわかりません……。猫ではないので……」と答えたら、相手は英語をしゃべるのが面倒だから嘘をついているのだ、と感じるかもしれない。実際には本当に興味がなく、よく知らないし、猫でもないのだから嘘ではない。しかし、もちろん、私が日当たりについて熟知しており、また生まれながらの猫だったとしても、「すいません、私は日当たりに対して興味が持てないので、あまりよくわかりません……。猫ではないので……」と答えるだろうから不当な推測であるとまでは言えない。とにかく見学者が来ている間は部屋に居たくない。
それから一時間半は上の空で過ごした。早めに部屋を出ても良かったのだが、大家の言葉は聴き取りずらく、焦って確認することを忘れてしまったので、本当に来訪が一時間半後なのか、それとも三十分後なのか、そもそも大家自身にも、今さっき、連絡が入った印象で、正確なところはわからないようでもあった。部屋を出るのは良いが、時間がはっきりしなくては安心して戻ってこれない。私はXboxMvC3を、妻は隣の部屋でドラゴンクエスト8をプレイして時間を潰した。結局、予告通り、大家と見学者は一時間半ほど経ってから現れた。ドアがノックされると私はMvC3のネット対戦を不正切断してソファーから立ちあがり、妻はDSiを握ったまま隣の部屋から玄関へ移動した。ドアを開けると、大家と、我々と同年代に見える女性数人がいた。適当に挨拶をし、見学者と大家を招き入れてから入れ違いに部屋を出る。大家にどれくらいかかるか訊くと、五分ほどだ、という。エレベータで一階まで降り、プールサイドの椅子に腰掛けた。余裕を見て十分後に戻ればいいだろう。
DSiには、声を録音し、音の高低や、速度を変化させ、フィルターを掛けて遊ぶ機能が付いている。この機能に気づいた妻は自分の声を録音し、速度を遅く、音程を高く変化させて遊んでいた。彼女はその機能がとても気に入ったようで、二人で何か録音しよう、と提案してきた。
人の気持ちを想像する、というのはとても大切な能力だ。視界に入った人物の気持ちを小さな声で代弁することにより、その力を養う。電車の中で怒っている人がいれば、怒っている理由をそれぞれに想像し、口に出してみる。より面白い方の、勝ちだ。この習慣を頑なに守り続けることでいくつかの定型文が発生する。たとえば、高いところに猫がいるのを見つけたら、「高いところが好きニャ!」と反射的につぶやくようになる。録音できるのは十秒間なので、十秒間必死に「高いところが好きニャ!」と二人でつぶやき続け、録音が完了したところで後ろを振り返ると、プールサイドに大家が立っていた。大家は、「契約がまとまったので、これ以上、見学者が来ることはないだろう」と言った。
我々二人による「高いところが好きニャ!」の連呼は、大家が現れた際、操作ミスで上書きされてしまった。上書きした録音には、「これ、twitterに書けるね」という私の発言が明瞭に記録されているが、実際のところ、twitterの文字制限は厳しすぎてtwitterに書くことは出来ない。