日記

OSの環境変数を設定し、コンテナの変数を設定し、warファイルの中を直接書き換え、サーバーマシンをリブートしてもHUDSON_HOMEを変更することができず、絶対にルートディレクトリへ.hudsonが作られるので疲れはてていました。そもそもUNIX + Javaという環境、そのどちらともに不慣れだし、というのは言い訳にもならない、ディスクが足りなくてビルド出来ませんでした……とはいえないので、もうシンボリックリンクはってごまかそう、と決め、実体を別の場所にコピーしてちゃんと動くのを確認したあと、rm -r /.hudson_back をやろうとして何故か手が滑り、 rm -r /. を中心に入れてエンター、正気に戻ってCtrl + Cしましたが時すでに遅く/homeの中とか全部消えていたのでしばらく呆然としました。バックアップがあったので致命的なことにはならなかったのですが、他チームの方の作業を数時間、手戻りさせてしまい、実際に凹んでいるかどうかは別としてしばらくは殊勝に振舞う必要があるなー、と思っていたから、というわけでもなく、単に作業が全然終わらないので黙々と労働しているといつの間にか、僕の島にいるのは、正面に座っている石破さんだけ、18階全体でも数人のみになっていました。僕が、このままだと水泳にいけないなー、と考えていると、石破さんが「水泳いいですねー、僕は水泳部でしたよ」と言いました。石破さんが僕の心を読み取ったからではなく、僕は考えたことをそのまま口に出していたからです。石破さんは中学生の頃水泳部だったのに、高校では水泳部に入りませんでした、なぜか? という方向へ話を進めていくと、阪神大震災にその原因があったらしく、会話はそこで終了しました。あるいは、たどり着く前に気づく方法があったのかもしれませんが……。