スポーツクラブについて(12)

エレベータが日本に初上陸したのは19世紀末のこと。「実際、これは黒船以来の衝撃だわ……」。はじめてエレベータを目にした当時の人々はそんな感想を口にしたという。しかし、來未のエレベータに対する第一印象は少し違っていた。來未は、初めてエレベータに乗ったときの事を全く覚えていなかった。それほど、薄い印象しか受けなかったのだ。これをきっかけに、当時の人々と、今を生きる自分の違いについて考察を深めることも一定の意義を有するのではあろうが、來未はそうしなかった。エレベータの歴史には興味が無かったし、そもそも、19世紀末には日本へ上陸していた事も知らなかったからだ。
ただ、エレベータとエスカレータの区別には特別な注意を払っていた。すこしでも、他の事に気をとられていると今でも間違えてしまう。エスカレートする乗り物がエスカレータ、そうでない方がエレベータと覚えていたのだが、この判別法はelevateという動詞の存在を知ってからは有効でなくなった。どちらも上や拡大をイメージさせるやたらにポジティヴな単語で、どちらがどちらであっても良いような気がするからだ。むしろ、定常速度で運用されるエスカレータより、急加速が可能なエレベータこそエスカレータの名にふさわしいのではないか、という気すらした。
どちらにせよ、エレベータが無限の軌道を有する類の機関でない事ははっきりしている。循環型エレベータはまだ実用段階に入っていないわけだし、そうである以上、このエレベータはいつか停止する、そう考えると少し安心ではあった。それにしても、無限軌道がただの"キャタピラ"だと知ったときの落胆ときたら。どうみても有限の個数しか存在しない履板を無限の軌道とみなしうる、という、ものの見方は確かに魅力的だけど……。