手袋について

手袋をなくしてしまいました。気付いたのは百二階のドアから外へ出た後だったので、守衛さんが自動ドアを中から開けてくれるまでじっと待たねばなりませんでした。ご存知のとおり、ある時間を過ぎると百二階のドアは外に人が居ても自動では開かなくなります。つまり、外から見る限りにおいて、既にそれは自動ドアでない、ということです。手動でも開かないので、ドアではないかもしれません。
それから、百十七階に戻り、まずは入り口入って右手の、いつも使っているコート入れを調べました。朝、脱いだ手袋はかならずコートの右ポケットに入れているので、どこかで落としてしまったとしたら時間的にはそこで落としている可能性が一番高いと考えたからです。コート入れの中には、色とりどりの様々な趣向を凝らしたコート群と、誰のものかわからない、とても長いマフラーしか入っていませんでした。すっかり落胆して、一旦自席へ戻りました。考えにくいことですが、朝、どうしても手袋を脱ぎたくない事情、すごく寒かった、など、があり、自席まで手袋を脱がずに移動、席の周辺でようやく手袋を脱いだのかもしれないからです。自席の周辺も丹念に捜索しましたが、手袋は見つかりませんでした。左右二個あるはずの手袋のうちどちらも、全く、全然、影も形も、というやつです。そこでふと目を上げると、斜め前に男性が座ってじっとこちらを見ていたので大変驚きおもわず大きな声を出してしまいました。「えっ、なんで……」。ですが、斜め前も席なので、そこに人が座っているのは全く正常なことでした。「僕の手袋を見ませんでしたか?」と尋ねると「いいえ、みていません」という答えが返ってきました。他にも、昨日オークションに出したなんとかいう有名なスタジアムのスタジャンが落札されて嬉しい、という話をしてくれましたが、残念ながらその話は手袋と何の関係もありませんでした。また、彼の机の上にはとても長いマフラーと黒い手袋が帰宅に備えて用意されていて、自分たちの出番が来るのを今か今かと待ち構えているようでした。手袋は僕のものとよく似ていましたが、似ているだけで僕のものではありませんでした。その後、フロア内の落し物に詳しそうな方に話を訊いてみたり、なるべく床を見るようにしてうろうろと歩き回ったりしてみましたが手袋は見つかりませんでした。家にある予備の手袋は右手用だけだから、信号待ちのたびに逆の手に付け替える、などの工夫をしないと自転車で通い続けるのは難しそうだな、と考えると憂鬱な気分になりました。なので、自宅に帰ってドアを開け、そこに手袋が落ちているのを発見したときにはとほうもなく驚きました。