牙について

二月五日にロッカールームにてご両親の形見の牙が付いたペンダントを失くされた方がいます。その方にとってとても大切なものです。見つけられた方はフロントまでお持ちください。

ロッカールームに入ってすぐ、右手の壁に掲示されたその貼り紙をみてからジムへの足が遠のいた。たまに訪れてもまず気になるのはペンダントのこと。年末の改装以来、自分でロッカーを選んで使用できるようになったから、ジムへ行くたびに違うロッカーを使うようにしている。ロッカーを開けてまずペンダントを探す。下方の靴いれ、トビラの裏、小物入れ。それから着替えて、マシンルームへ行き、全身の筋肉を隈無く鍛えながらペンダントを探す。ダンベルの端に引っかかっていないか、プレートの間に挟まって薄い板のように変形していないか、エアバイクに吸い込まれていないか。全てのマシンを点検してロッカールームへ戻ると筋肉自慢の男達が屹立している。あれくらいマッシヴな体躯であればちょっとした筋肉の隙間にペンダントを隠すくらいのことは造作もないであろう。観察を続けながら、息子に形見として牙を残す両親とはいったい何者なのか、についてもう一度考える。一番有力なのは、腕の良い漁師夫妻である、と言う説だ。この場合、その牙は人喰い鮫等の凶悪な獲物の牙であります。そしてもう一つの可能性は。二つの巨大な影。口を開くと二本の長い牙。普段は大人しいこの怪物が殺気立っているのは胸に幼い息子を抱いているからです。それから色々あって二匹の怪物は人間に殺され、残ったのは人間に恨みを持つ息子と、四本の牙が飾りに付いたペンダント。なので、この場合ペンダントに飾られた牙は四本でなければならない。

追記
漁師が人喰い熊、となっていたので、猟師が人喰い熊と悩んだ末、漁師が人喰い鮫、に改めました。そもそも、漁師と猟師は素人目にはよく似た職業、というよりも海と山で考えるなら対になる物なのに音が同じなのが紛らわしいと思います。和語としては同じ言葉で後から字を当てた、とかそう言うことでしょうか。誤字が悔しく言い訳をしてしまいすいません。