侮りについて(1)

これから暫く、IT新時代における侮りの使用法と対処法について考えていきたいと思います。文章をまとめる力がないので思いついたことをぽつぽつ書いていく形式になるかと思いますが、よろしくお願いします。
今、改めて侮りに注目するのは勿論、我々がWEBLOGSNSiPodによってサイバネティクス的単位を拡張し続けた結果、侮り者、侮られ者、双方ともに意図しない不幸な接触の発生する機会が増大しているからです。
共通の物を侮っている、というのは、共通の物を好いている、場合よりも更に強い絆を発生させますが、もちろんそれを侮られ者に知られてしまうと人間関係が難しくなり、本人もなにか嫌なことをした気分になって落ち込むので、十分に空気を読んでから侮り発言をするのが基本でした。しかし、我々が技術的、社会的に、ネットワークとの強い繋がりを持つようになるに従って、その場の空気を読むことが不可能に近いケースも出てきています。ある目的に沿って設置された場、特定のテーマを扱う掲示板やコミュニティであれば細かい流れの差異はあるにしても、ベースになる価値観は共有されているのですが、個人の繋がりをベースにした日記や、WEBLOGではそれは通用しません。
例えば、私は今日「劇場版 テニスの王子様 二人のサムライ The First Game」を鑑賞してきました(以下にネタバレを含んでいるので注意してください)。この映画では、テニスを題材として扱っているにもかかわらず、映画終盤の試合ではコート上に炎の柱がいくつも立ち上り、相手はそれに大津波(ちょっと時期的にアレな感じがします)で対抗します。この大津波はただの演出かと思っていると次のシーンで二人は水中で球を打ち合っていますから、大津波は実際に来たのだ、と思えます。また、主人公とその義理の兄が打ち合いを続けているうちになにか形容しがたい、光の世界のような所まで飛んでいって全裸になったりします。ところが、次のシーンではまた服を着ていますから、これは激しい試合を表現するための演出だったのだ、ということがわかります。
この映画のキーとなるフレーズは「でっけぇ夢を、見つけよう」であり、劇中で何度も繰り返されるのですが、まさにでっかい夢という感じでどこから何処までが現実で、どこからが夢なのか、夢だとしてもテニスの試合中にボールが土星に変化して木星に激突、割れた星のカケラが隕石となって地球に降り注ぎ恐竜が逃げ回るというのはどういう試合をイメージした演出なのかよくわからないですが、とにかく面白くて涙が出るほど(心の中で)爆笑しました。
そしてそれを今日日記に書こう、と思ったのですが、まじめなテニプリファンの方にとっては、演出が過剰すぎて笑えたというのは、(恐らく制作者が意図してやっていることだとしても)不快な感想ではないか、と思い、それは善い悪いでは判断できないので、ここを見る人の中に真剣なテリプリファンがどれくらい居るのか、全く居ないのか、どう思うのか、というのを想像して決めるしかないのです。そう言うことについて考えたいです。
以下は侮りについて今考えていることのメモです。

侮りは比較的簡単だ

侮りを笑いの方向に拡張すると突っ込みと呼ばれる物に近い何かに変化しますが、これは賞賛するよりも簡単で、なぜかというと変なところを一つ見つければいいからです。

侮りの発生しやすい対象

過去に通り過ぎた地点、視野の狭い時期

侮りは理解できる、把握できる物にしか発生しないので侮りは時に、"イタイ"もの、自分の体に発生する痛み、自分の若さ故の過ちを想起させる物として扱われる。

入手しやすい物(やすいもの)
数が多い物(ハリウッド)

侮りに対する姿勢

感じの良い侮りを心がける。あまりにも趣味が違いすぎ、それがなくても接触が保てない感じのジャンルは遠慮無く侮ってしまってもいい気がするがその姿勢自体が感じ悪い気がするので気をつける。

侮られに対する姿勢

不明。対外的には何もしないのがベストか。心の中の(スピリチュアルな)問題かも知れない。

防御法の変化

インターネットがなかった頃は、とりあえず周りの人が読んでいない本を読んでいればそれだけで絶対防御と成り得たが今ではそうではない。恐らく、僕が本のリストを異常に嫌っているのはこれが原因。頭がおかしい感じはする。

侮り語彙

基本的に空間的な位置を示す言葉が転用されている。見下す、等。

侮り空間

侮り空間は基本的に、何を好きな人でも大体同じ形の物を使っているように見える。なので、どちらが上かを争うよりは、どちらかが高級な嗜好であることを主張し、相手側は嗜好に上下など無い、事を主張する。

上に行く方法

どんどん複雑な理解しがたい物に進化する、もしくは、重要な部分を抜き出して純度の高いシンプルな楽しみを享受するとオシャレになる。

カテゴライズ

わからないものは侮れないので、とりあえずどこかのジャンルに入れてしまうと一緒に侮られる。(侮られる? 侮れれる?)