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組織票は全く公正/自然なものであり、そこに不公平があるように見えるとしたら構造的な欠陥である、というのは世の中には色々な属性を持つ人がおり、似通った属性を持つ人が集まるのは極めて自然なことであるわけだが、そこに構成される集団にも自ずと選挙に対する向き不向きが存在する。簡単な例を出すと、酷くポジティヴな人が50人と、酷くネガティヴな人が50人いる村があったとして、しかもそれが世界で唯一の村であったとする。そしてそこで村選挙が行われ、その村民がポジティヴであるかネガティヴであるかによって大きく暮らし向きが変わってしまうような争点があったとすると、恐らくポジティヴな候補が圧倒的な勝利を収めるであろう。理由はネガティヴな人はあまり投票に行きそうに無いからである。
というわけでつまり全く同じように利害が対立する集団があって、それぞれの構成人数が同じであったとしても結果には明確な差が出るのだから、ましてや集団と、集団を構成しない同人数の個人では勝負にならないのが当然である、というのはどうか。
この説の大きな問題点は、組織票というものを思い切り誤って捉えている事である。つまり、組織票とはもっと強く結びついた団体が組織の目標として票を投じる運動から投じられた票を指しているのだから、村の例えは意味がわからない。組織も出てこないし。しかし、世の中は放っておくとポジティヴな人が有利なように進んでいくという事がわかったのは発見だと思った。