はじめまして

僕は千葉に住む小学四年生です。今日から日記を書きたいと思います。
今日は始業式。遂に四年に進級しました。思い返すと生まれてから今までずっと小学校に通っているような気がします。6年間の教育が終了するまであと3年、丁度折り返し地点です。年配の方は口々に、歳を取ると時間の進むのが速い、という意味のことを仰ります。僕にも最近その意味がなんとなくわかってきました。折り返し地点とは言っても後の三年、これまでの三年とはまた違う、そのスピードで僕は突き進んでいくでしょう。そんな三年間にしたい、桜舞散る校庭で不安気な表情を黄色い帽子に隠したまだ幼さの残る新入生達を見ながらそんな事を考えていました。校長先生の講話を全く聞いていなかったのは秘密です(笑)。
始業式が終わった後は友人の敏久君と家の前の道路でキャッチボールをしました。敏久君は体格には恵まれていないものの、右投げ左うちの本格派です。僕も相当肩には自信のある方ですが、彼には到底敵いません。歯車の噛み合ったキャッチボールは相当に楽しく、僕ら二人は一度も球を落とすことなく昼過ぎから日が暮れるまでボールを投げ続けました。
僕らがキャッチボールをしていた道路は実際には私道で、行き止まりになっています。奥に住んでいる住人以外はほとんど利用されません。僕らは道路の一番奥で遊んで居ましたから、そこに突然猛スピードでバイクが突っ込んでくるなどという事は想像もしませんでした。
ガガー、ドンッッッッグゥワァァァ
敏久君はバイクに吹っ飛ばされて隣家の二階窓に突き刺さりました。僕の投げたボールはそのまま壁にぶつかりました。突然突っ込んできた赤いDUCATIのモンスターは敏久君を吹き飛ばしただけでは勢いが収まらず、そのまま右側面を地面にすりながら盆栽棚に激突、盆栽棚を完全に粉砕しました。全身を黒いレザースーツで覆った運転手は僕が気付いた時には既に立ち上がっていました。いや、彼は最初から転倒もしていなかったのかもしれません。随分と小柄で、最初は女性かと思ったのですが、バイザーの奥の、深い皺に囲まれた濁った目は間違いなく、男性の、それもかなりの人生経験を感じさせる、年老いた男性の目でした。僕は敏久君の状態には全く気が回らず、その男性を呆然と眺めていました。男性はヘルメットを脱ぎました。彼は、本当に、よぼよぼの老人でした。そして、僕に向って何か言おうとしているかのように口をもごもごと動かしましたが、僕の麻痺した鼓膜には何も聞こえませんでした。
ゴゴゴゴゴッッッ!!
その異様な雰囲気を背負ったまま老人は物凄い勢いで私道の出口に向って歩いて行き、そのまま何処かへ消えた。彼のストライドにもピッチにも何も特別なところは無く、既に腰もかなりの角度になっているにもかかわらず、彼は非常に速く歩いたので、僕は彼に追いつく事が出来ませんでした。