スポーツクラブについて(15)

そのビルには多くの事業者がオフィスを構えていたので、訪れた人が間違えて何のゆかりもない事務所に入ってしまわないよう、各階に金属製の表札が備えられていた。その確認さえ怠らなければ、うっかり全く知らない人同士の保険談義に紛れ込んで、気まずい思いをしたりしないですむわけ。そんな場面を想像すると、本当にぞっとする……。生命保険なんかには、全く、今日の天気と同じくらいに興味がわかない……。
金属製の表札は、各階二十枚まで設置できるようになっていたが、そこまで広いフロアではないので、せいぜい三つくらいしか使われていなかった。使用されていない部分には、無地の金属板がはめ込まれていた。もし、このフロアが全て六畳一間のアパートだったら、ちょうど二十部屋くらいには仕切れそうだった。建築家は、そこまで検討したうえで、二十枚もの金属板を配置できるようにしたのだろうか? 縦一列の表札では、どの部屋がどの人なのかまでは表現できないが……。建築家には、まだ会った事がないので、答えはわからない。
17階は、全体が一つの事業者によって使用されているので、一つの表札しか設置されていなかった。初めてみたときは、一番上に表札、二枚目以降に無地のプレートが配されていた。それから、時々、絶対自分しかそのフロアにいないと確認できたとき、休日だとか、早朝といったほうが良いくらいの夜遅くだとか、に、表札を一段ずつ下にずらしてきた。表札以外は無地のプレートだから、全てをずらす必要はなく、二枚のプレートを入れ替えるだけですんだ。そこまで手軽でなければ、表札を入れかえようとは思わなかっただろう。現在は、上から七枚目に表札が在り、上下を無地のプレートが埋めている。ここまで来る間に、庶務の人に直されてしまったり、ある種の怪談として流布されたり、そういったことは一切起きなかった。ただただ、自分がそのような機会を得た記念として、プレートをずらし続けてきた。出来れば、一番下までプレートをずらしてみたいものだったが、さすがに全体の下半分に表札があるのはおかしいような気もした。指紋の鑑定に詳しい、専門家が調べれば、数分で自分が犯人として指摘されそうだ、という恐怖も感じていた。しかし、それも全て17階の話、なぜ、117階の表札も下にずれているのだろうか……。