靴についての悩み(改)

津田(ヲタリーマン)は靴についての悩みを計二つ抱えていた。一つは靴全般にかかわる悩みで、もう一つは、彼が所有するある靴にだけかかわる悩みだ。
彼が観察出来た限りにおいて、全ての靴は左右対称に作られていた。一度だけ、彼は自分の靴が左右で全く異なる形状をとっているのに気付いたのだが、単に、朝、誤って異なる革靴を左右の足に履いたまま家を出てしまったからだった。その日は一日なるべく靴が人目に触れないよう振る舞わなければならなかったので、以降はより一層靴の左右対称性に気を遣うようになった。十分に時間をかけさえすれば、左右の足に同じ靴を選んで履くのは難しいことではなかった。それは、靴が左右対称に作られていて、三足程度の候補からであれば、簡単にどれとどれがペアとなるのかを指摘出来るからだ。実は、彼の足が左右対称であることも、靴の左右対称さを合理的であるよう見せかけるのに一役買っていた。このような経緯から、彼は靴の左右対称性を出来る限り保ったまま運用していきたいと考えていた。しかし、どうしても靴紐の結び方から対称性の破れが発生してしまい、そこが彼の悩みの種となっていた。もちろん、右の靴紐を結ぶときはいつもの慣れ親しんだやり方で、左の靴紐を結ぶときは右手を左手のように、左手を右手のように動かせばそれだけで上手くいくことはわかっていたのだが、それは言う程簡単なことではなかった。とくに、左手を右手のように動かすのが難しく、一度でも真剣に取り組くんだことがある人なら、彼が「くそっ! こんなイライラすることは実際やっていられない、もううんざりだ……」とつぶやき諦めてしまったとしてもそれを非難することは出来ないだろう。もっとも、実際は靴紐の結び方なんかには興味がなかったので、一度も試したことはなかったのだが。
もう一つの悩みは、最近彼が購入した運動靴の靴紐が異常に長く、蝶々結びの羽にあたる部分を相当大きくしても紐が地面についてしまうことだった。何度か日を改めて調べてみたが、より長く紐を使えるような穴や結び方は発見出来なかった。だから、彼は靴の設計からおかしいか、自分の甲高が規格外に小さいか、どちらかではないかと疑っていた。この二つ以外に、靴に関する際だった悩みは存在しないので、足元に関しては総じて明るい将来が期待出来そうだった。