会場推し初体験

会場推しとはチケットがないなどの理由で、コンサート会場に入らず、会場周辺に"居る"行為を指します。私は今日、渚音楽祭に行きました。渚音楽祭とは多種の音楽が一度に楽しめる屋外イベントです。会場方向への電車に乗った時点でもう普段とは車両内の空気が違っていました。男は全員ドレッドヘアーか帽子をかぶるかしており、硬直した社会と馴れ合う気はない、と今にも叫びだしそうな服装をしていました。私はチケットをもっていませんでした。当日券で入れると思っていたからです。実際、当日券は発売されており、長い長い列に並んでそれを購入し、それからまた入場列に並びなおせば、入場できたのです。しかし行列は本当にとてつもなく長く、私は十分ほど並んで限界だと思いました。私の直前に並んでいたファンキーな衣装を身に纏った人の話によると、入場券を買うのに一時間、それから入場に一時間、ということでした。暇つぶし用に本二冊と、コップ酒一杯、ワインのボトルを一本ポケットにいれていましたが、その時点でコップ酒は飲み干しており、同じペースでワインも飲んでいたら入場する頃にはぐでんぐでんになっているだろうと思いました。私は入場を諦めて会場の裏手に回りました。
会場は、お台場フジテレビ前の広大な駐車場で、裏手が公園に続く土手になっていました。会場との境界には150cm程の高さのフェンスがあるだけなので、音は問題なく聞こえるし、下は草むらになっていてとても動きやすいです。ステージの上でリリックを口ずさむMCや、まるで人間ではないように動くダンサーの姿もよく見えました。周りの人に配慮しながら行動しなければならない会場内よりもロケーションとして優れているくらいです。そこには私と同じように入場を諦めたか、もしくはふらっと通りがかりに体が勝手に動き出したかのどちらかの理由で、踊っている人たちが居ました。五人くらいです。数十メートルおきに立っている警備員の目さえ気にならなければ快適そうだったので、私もそこに混じって数十分推しました。会場を神視点で見下ろしていて気付いたのですが、フェンスはとても低いので、それを乗り越えて入場する人たちがいました。とても俊敏な身のこなしで乗り越えていく人もいれば、数人で協力して入場している人もいました。彼らは警備員の目を盗む努力はしていましたが、私が見た限りでは警備員はそれに気付いても何も言わないようでした。もの凄く難易度の低いメタルギア。会場内のトイレが非常に混んでいるので、フェンスを乗り越えて外へ出て、用事を済ましてから中へ戻る人もいたくらいです。仕方ないので、フェンスの向こうには屈強なセキュリティーが待機していて、フェンスを乗り越えた人たちはこれからその種の音楽を聴いただけで体がこわばってしまうくらいの精神的外傷を刻み込まれている、という想像をしながらぼんやりしていました。